大地震からの復興したネパール 旅行記3

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ネパール旅行記3です。旅行2日目です。布団の中でネパールの寒さを感じて目が覚めました。想像以上に寒かったですが、こんなに寒いのは全旅行中にこの日だけでした。朝は1階の食堂に行くのですが、ここもエアコンが効いておらず寒かったです。食事は程よいメニュー量で、たらふく食べました。なお、ここでも停電が何度も起きました。これだけ停電が起こると、エレベーターに乗ることに気が引けてしまい、ホテル滞在中はほぼ階段を使っていました。

初日はホテル周辺のタメル市内を観光し、地理を理解しようと思いました。とはいいつつ、世界緯線のダルバール広場を観光できるので、見ごたえは十分だと判断しました。時間はたっぷりあり、疲れがたまらないようゆっくり歩いてネパールを楽しもうと思いました。朝8時過ぎにホテルを出たのですが、外はまだひんやりしており、さすがに冬だなと思う気温でした。それでも少し歩くと体も温まっていき、更にガイドブックに書いてある通り、気温もぐんぐん上がっていき、暑く感じるほどでした。

下の写真の通り、タメル市内は栄えている感じで、ほかのどの国にもない独特の雰囲気が漂っています。朝早いためか人通りはまだ少なかったです。迷路のように入り組んだ市内を南へ抜けていきます。

ダルバール広場に行くまでに、ガイドブックに載っている寺院等の場所は一通り寄る予定ですので、まずはダヒティ・チョークに立ち寄りました。これと言って特筆する点はないのですが、移動をする際の目印として大いに役にたつ場所になりました。この日の帰りにホテルまでタクシーに乗ったのですが、運転手が場所がわからずここで降りることにし、ホテルまで無事帰ることができました。タメル市内は何度も書きますが、迷路そのものなので是非目印となる建物を覚えてみてください。

次に向かったのはアサン・チョークです。南下するにつれ、人や車の量が多くなりどんどん歩き辛くなっていきました。そして、大きな広場に出るとそこは人でごった返しており、異国情緒あふれる景色が広がっていました。

街並みは面白く、今にも崩れそうな建物の側で物を売っている人もいました。建物の風化が著しく、そのためカトマンズはでは埃っぽいのかなと思ってもしまいます。

さらに南下しセト・マチェンドラナート寺院に到着しました。寺院内はお祈りをする人であふれていました。日本観光客も数人いました。写真を撮っていると、どこから来たのと聞いてくる人がいました。日本と答えると東京かと聞かれ、そうだと答えると、今は祭りの時期だから人が多いんだと教えてくれました。祭りと言っても、日本で考えられる屋台が並ぶとかではなく、純粋に神様に祈りを捧げているような感じでした。

ダルバール広場付近には、アカシュ・バイラヴ寺院もありましたが、ダルバール広場に一気に興味を持って行かれてしまいました。

入口ではチケット売り場がありそこで入場料を1000円ほど払います。払っていると、サングラスをかけた怪しげな男性が、どっからきたの?ガイドはいるか?などと話しかけてきます。まだ、支払いの最中ですが正直めんどくさい人にしか思えませんでした。チケットを購入が寺院内をあるくとしばらくついてきて、オフィシャルなガイドだ、安いからガイドはどうだと話しかけ、身分証のようなものを見せようとしますが、そもそも興味がないので無視をしました。男性はすると諦めて、近くで座りこみました。なお、ダルバール広場を2時間程かけゆっくりと観光したのですが、帰りに同じ場所を通った時にも、このガイドさんはここにおり、怪しすぎて誰もガイドを依頼しないのだろうなと思いました。これからダルバール広場を旅行する人は、ロックスター風のサングラスをかけたガイドを見かけたら、同一人物だと思ってください。ガイドを依頼するかどうかはあなた次第ですが、僕個人としては細かい文化や背景を聞いても覚えきれないし、そこまで興味があって観光しているわけではないので、ガイドは依頼したことがありません。どうせ次の観光地に行く頃には忘れていますしね。

写真映えしそうな建物が広場内にはたくさんあります。最初に写真を撮ったのはまさしく広場と言う感じのところで、ハトがたくさんいました。子供が近づくと一斉に飛び立つので、空からフンをされたら嫌だなとか、病原菌や羽を吸い込みたくないと息を止めたりしました。

少し進むと建物内部にチケットを見せて入ることができる場所があるのですが、ここは残念ながら改修工事中でした。中国の支援にて改修中と大きく幕が張られていました。中国がすすめる一路一帯も支援の理由なのかなと感くぐってしまいます。

建物から出て少し歩くと、いかにもヒンドゥー教っぽい壁のオブジェがあり、祈りを捧げる人であふれかえっていました。ちなみにカトマンズ旅行中にこの手の壁の像は、ここダルバール広場だけでした。

大地震からの復興したネパール 旅行記4

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