友情はどこまで続くのか

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最近会社の後輩が、大学の友人の結婚式に招待されてご祝儀の額について昼食の時に盛り上がったのでそれを記事にしました。と言っても、ご祝儀の額と言うところから離れて、その友情はずっと続くのかと言うことです。

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きれいごと抜きにして思うところを書きますし、それはあなたの場合でしょと言われればその通りで、すべての人に当てはまる結論やロジックではないでしょう。僕や同僚の場合は、地方出身で、大学で別の県に出て、就職で別の県や転勤、転職で現在東京で暮らすような人生を送って来ている環境です。生まれも育ちも現在もすべて関東圏と言うような人には当てはまらないと思います。そこは、昼食時にも議論が出ました。

結論を先に書きますが、友情は“時間距離”と“環境が同じ”が同じ限り続くという結論です。

この2点を重点に書いていきたいと思いますが、日本には金の切れ目が縁の切れ目という言葉があります。この言葉、友情 forever なんて言っている中2病にはわからないかもしれませんが、実に古来から伝わる名言だと思います。僕の場合、大学時代に理系の仲良しグループでいつも固まっていたのにばらばらになってしまいました。

何が起きたこと言うと、その当時大学を卒業後、関西で社会人の一歩を踏み出しました。一方友人は、就職氷河期の不採用に見事に当てはまる経験をし、就職先がみつからないまま、大学を卒業してしまいました。同じ関西圏であることから、よく大学のグループでも集まっていました。やはり、仕事の話もするのですが、彼はまだ仕事は見つからない状況です。それから、5年経ち、僕は公務員に転職をし、関西に遊びに行った時に集まったのですが、彼はアルバイトを転々としながら正社員を諦めていました。彼はもう大学の時の元気はありませんでした。そして数年経ちまた集まる機会はあったのですが、とうとう彼は来なくなり、もう連絡は完全に途絶えてしまいました。あくまで想像ですが、ただ想像も難しくなくうまく人生が回ってないのだなとみんなで残念に思ったのを思い出しました。

これは、“環境が同じ”であるということの経験の一つです。周りは正社員、自分は非正規という違いを感じ始めたのではないかと思います。正社員が正義なんてことはありませんが、非正規でも素晴らし生き方ができ、自己肯定ができるならその生き方もありだったのかもしれませんが、彼はいつの間にか僕たちと生きている環境が変わったのです。

思い出してみると環境の変化って大きいなと思います。小学校、中学校、高校、大学、転職、転勤を繰り返すごとにどんどん自分の経験とその環境は変わってきました。小学校時代に大人になっても、僕らこんな感じでずっと友達でいたいねと友達たちと夕日を見ながら語ったキザな時代が懐かしいです。あれから、20数年、誰ともつながりはありません。思い出すと中学生なった時から、徐々に友達構成も変わっていきました。高校時代にはやはり入試を経験し、ここでもまた友人が一気に減りました。

大学時も地元を離れ、新天地へ向かったことでどんどん高校時代までの友人との交流が減っていきました。社会人になると、やはり忙しさもありなかなか大学の友達とも会えず、やはり職場の人とか自分に場所的に近い人との交流となってきます。“時間距離”が友情に影響すると考える理由の一つです。

そして、留学や転職、転勤と繰り返すうちに、友人も転勤や転職、結婚とお互いの“時間距離”と“環境”が大きく異なっていきます。この辺りの共通部分が離れれば離れるほど、気軽に誘うこととか難しくなり、密な交流は難しくなります。

そして、いずれ疎遠になり集まらなくなった時点で、友情は消滅します。“時間距離”と“環境”は友情に立ちふさがる大きな壁ですが、お互いがその壁を乗り越え、会うことができればいつまでも友情は続くのではないかと思います。

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