旅で感動すること32 ヨルダン イスラエル旅行記 その15

ヨルダン イスラエル旅行記 その15です。ペトラ遺跡の観光の後半記事です。エル・ハズネをすでに見ていることから、クライマックスは終わり徐々に旅の終わりが近づいております。ヨルダン イスラエル旅行記もこの回を持ちまして終わります。

前回にレストランがある場所まで紹介しましたが、ここから最終目的地のエド・ディルはちょうど今までの半分の距離と言うところです。なお、ここからは急な坂道が続きますので、ペトラに行く前に日本で運動をして、体力をつけておくことをお勧めします。若い人なら大丈夫だと思いますが、体力に自信がない人の場合は、ここは諦めたほうがよいでしょう。途中でお年寄りの方が諦めて引き返すのを何度か見ました。せっかくペトラまで来たので、ロバのタクシーを使うのも手かもしれません。

最初はなだらかな丘を歩いている感じでした。先ほどあった墓穴みたいな空洞が壁に多数ある場所を通りました。面白い事にこれを屋根付き駐車場用のようにランドクラウザーが止めてありました。遺跡と車という古代と近代の融合が観られました。

そしてさらにその先には道が2つに分かれていました。一つは目的地のエド・ディル行きの道、もう一つはライオンのトリクリニウムという墓へ通じる道です。まずはすぐに観光し終わるトリクリニウムへ向かいました。少し歩くとその先にお墓が見えます。人が一人歩くのがギリギリの岩の間を歩いて近づいていきます。

近づくとお墓は結構高いところにあります。そして中も見ることができるようです。お墓の入口に上がるには階段のようなものはなく、背の高さほどある壁をよじ登って上がることになります。

この壁を上るのがかなり大変で、跳馬のようにジャンプした勢いで手に力を入れ体を持ち上げ、足を地面に乗せ、お墓前に上がるという感じです。ここをよじ登りお墓内部を見ることはお勧めしません。内部は王の墓どうように非常に淡泊です。ここから降りる際など怪我をするリスクの方が高いと思われます。内部の様子は下のような感じです。

もと来た道を引き返し、エド・ディル行きの道を歩いて行きます。途中、大きな岩でふさがれた道があり、その岩の隙間を歩いて行くことになります。

どんどん上へあがっていきます。なんの変哲もない道をかなりの距離を上に上がったと思います。途中少しだけひらけた場所があり、そこではこのペトラ遺跡に住んでいると思われる人がテントの側で料理中でした。

この先の上へ登る階段で偶然の再会がありました。ヨルダン入りの際に入国を一緒にできなかったおじいさんとすれ違いで会いました。なぜ入国できなかったかと尋ねるとどうやらテルアビブからイスラエルに入国したため、ヨルダンの入国審査がかなり厳しく行われたとのことです。ヨルダンからイスラエルに入国した場合は、出国と入国ともにキングフセイン橋を経由すればスムーズに行われますので、旅行を検討している方は参考にしてください。なお、おじいさんは結局数時間足止めをくらった模様です。でも、無事入国できて良かったとひとまず心配していたことが払しょくされました。

そしてそこからほんの少し上ったところでお目当てのエド・ディルがありました。こちらは今までにあったペトラ遺跡内の神殿と異なりかなり保存状況が良かったです。エル・ハズネがあった場所から相当な距離が離れており、そのため人が訪れることが昔から少なかったことからかもしれません。なんにせよ本当に数千年前の遺跡なのかと思うほど神殿の輪郭がはっきりしています。

エド・ディルの正面には売店があり、ここまで登って来た疲れを休む人の群れがありました。僕もハーブティーを飲み数十分この壮大な神殿を見ながら休みました。地球の歩き方には載っていませんが、このエド・ディルよりさらに奥に上って行くことができそこから先は絶景がありました。登っている途中で見た、渓谷を見下ろすロバの写真です。

そこからさらに上へ登りました。

奥では谷底を見ることができる場所があり、少しのぞいてみましたがむき出しの岩がはるか下にごろごろと転がっており、足がすくみました。これは本当に絶景で体力に自信がある方は是非ここまで来て、いかに高い場所にこのエド・ディルがあるのかを見ていただきたいと思います。

どうやら現在行ける最奥まで行ったようで、ここからは時間もあることだし、ゆっくりと戻りました。今度は延々と下り坂が続きます。時折、ロバのタクシーに乗った人と細い道ですれ違い、ロバに蹴られないか心配になります。

そんな道中に再度ペトラへ来るときに一緒にタクシーやバスで来たガタイのいい若い断線にすれ違いました。おじいさんは無事に入国をできたことを伝え、お互い安堵し、ある意味日本人の連帯感を感じました。

中間地点のレストランがある場所まで戻り、今度は少し丘に登り王家の墓のほうに戻ります。丘の上には、ビザンチン教会があります。教会と言っても、廃墟と化してあり、プレハブの中に、地面だけモザイク画があるだけです。保存状態は比較的良く、何のモザイク画かはすぐにわかります。

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この教会が立つ丘から、王家の墓を望むと端の方の神殿を観光しそこなっていました。正直あまりにでかすぎて、端っこにまだ神殿があることに気付くことができませんでした。相変わらずでかい神殿です。巨人でも住んでいたのではないかと思うサイズです。

この時点でまだペトラ遺跡内は観光終了まで2時間程度ありましたが、もう旅の目的は果たしましたし、夜にはエル・ハズネのライトアップのペトラバイナイトのために体力を残しておく必要があることから、ホテルに帰りました。帰りがけには、往路で見過ごしたとジン・ブロックスを探しながら帰りました。

ホテルでは一眠りし、夕方には前日同様ホテルの最上階でヨルダン料理を食べました。そしてライトアップの時間が近づいてきたことから、開始一時間前にホテルの受付に行き、チケットを受け取ります。外をいると雨がそこそこ降っていましたが、受付の話では予定通り決行することです。

傘を差しエル・ハズネに向かいますが、風もありいい気分ではありませんでした。夜になると雰囲気は昼のそれとはまったく違います。

この先で腹正しい事がおこりました。入場口付近で、チケットを持っているかと声掛けられ、当然事前にホテルで買って来たと話しました。すると昼のチケットは持っているのかと、ないと入れないので売ってやるぜと言われ、じゃあホテルに戻ると返事をしました。すると特別に通してやるから行けよと言われました。ある意味、だまして金を搾取しようとしていたのかと思うと、ここで記事にしみんなに共有したいと思いました。

入場後は、足元にろうそくでかすかに照らされた道をゆっくりと歩いて行きます。かなり暗いのでスマホのライトで足元照らしながら歩きました。時折雨が突風とともに激しく振り、引き返す人もいました。

一本道で昼とは雰囲気がガラッと違うとはいえ、1.2キロのエル・ハズネまでの道のりは正直辛いところです。疲れがあるうえ、雨と風です。運が悪いなと考えながら、ひたすら歩きました。エル・ハズネに着くころには小雨に変っていました。また、早めにホテルを出たにも関わらず、既に多くの人がおり、すでに4列目ぐらいのござの上に座るように案内されました。あまりに人が多く三脚はさすがに使える状況にありません。

ショーが始まる頃には雨もやんでいました。ショーは現地の人のスピーチが20分くらいあり、その間ハーブティーが配られていました。すべての人が飲めるわけではなく、先頭集団だけが配られていました。ショーは非常に簡単な英語で話しており、ここの自然を感じてほしいのようなことを話していました。なお、冬のペトラですが寒くはなく、ここでもユニクロのウルトラライトダウンで十分です。手袋やニット帽を持って来ましたが、暑すぎるくらいでした。なお、空を見上げると、雨雲はもう消えておりこんなに星があったのかと思うほど輝いていました。周りに強い光がないせいか、多くの星が見えます。東京で暮らしているとこんな星空を見上げることはなく、とても新鮮でした。そしてスピーチが終わると、待ちに待ったエル・ハズネのライトアップです。

この暗さと人込みの中で、まともに写真を撮ることは不可能なので何枚か撮り綺麗に撮ることはあきらめました。そして来た道を引き返すのですが、往路にはあったろうそくが踏みつぶされたり、雨によって多くは消えてしまったりで、スマホのライトを付けないともはやまっすぐに歩けないほど暗闇に包まれていました。同時間に帰る人も多く不快な時だったと表現するのが適切かもしれません。ライトアップも人が多く、ショー自体も面白味に欠けるもので、総括としてペトラバイナイトは割高だと思います。

ホテルに戻り、次の日をむかえました。チェックアウトを終え、アンマン行きのバスターミナルまでタクシーを呼びました。同時間帯に呼んだ別の滞在客と相乗りになりました。30JDで、料金は破格の割高ですが、断る余地もなく他の滞在客と折半しました。バスターミナルから撮った写真は次です。

そして、このタクシー料金より安い金額で3時間かけて長距離バスでアンマンに戻りました。この長距離バスは、往路は不満一つなかったですが、帰路は最悪でした。運転手の友人らしき若い男性らが、スピーカーから大ボリュームで音楽をかけ続けます。まるで街宣車のようなボリュームで、3時間鳴らしっぱなしです。遮音性の高い耳栓をしていましたが、それでもかなりうるさく聞こえるレベルです。この長距離バスを乗る方は耳栓必須です。耳が悪くなります。

アンマン到着後は、長時間乗車かつこのようなこともあり、激しい疲れと頭痛を感じ始めていました。空港行きのタクシーを捕まえ、出国時刻まで6時間空港で過ごすことにしました。この時は25JDでした。途中、先ほど同様にテクノ系の音楽を大ボリュームで鳴らし始めたので、消すように依頼をしました。出国時刻を聞かれそれまでに死海に連れて行ってやるとか、他の場所を案内してやるとか延々と話しかけてきます。頭が割れそうなので正直そっとしていてほしいのですが、ドライバーの商売が止まりません。最後の気力を振り絞り、頼むからまっすぐ空港に行ってくれとお願いをしました。空港に到着しお金を渡すとお釣りをくれません。すると彼は、ドライバーは旅行者と違い生活が苦しんだから、わかるよなと約束の25JDの運賃より高くとろうとしてきました。さすがに約束を破ることに頭に来て、そもそも気分がすこぶる悪いのもありましたが、約束を守れと大きな声になってしまいました。それにはさすがにドライバーもビビったようで、お釣りを僕に渡し、そーっと空港から去っていきました。

難点はけっこうありましたが、この日も無事に目的の空港に着きました。そしてチェックインを済ませ、プライオリティーパスを用い、無料のラウンジで出発まで時間を過ごします。アンマンの空港は2つのラウンジがあるようですが、より豪華だとされるペトララウンジを利用しました。このペトララウンジは大変広く綺麗でソファー等の内装も別格の豪華さをほこります。かつ、提供されるドリンクの種類や食べ物も豊富で、ここに一回訪れるだけでもプライオリティーパスを持った意味があったなと思えるほどです。

この後、アンマンを出発し、ドーハでもプライオリティーパスを使いラウンジで時間を潰しました。そして無事成田へ到着し、今回の旅を大きなトラブルや怪我をすることなく終えることができました。

長い間書いてきたこのヨルダン、イスラエル旅行記はこの回で終了です。正直今まで旅行した中で、別格の経験をしてきました。僕のつたない旅行記で、皆様のこれらの国への興味や、実際の旅行につながればと思います。長い間ご愛読ありがとうございました。

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