旅で感動すること31 ヨルダン イスラエル旅行記 その14

ヨルダン イスラエル旅行記 その14です。ペトラ遺跡の観光の記事です。ついに旅行のクライマックスです。ネットの口コミでは、ペトラ遺跡は今までに観光したどの世界遺産よりも感動的で大きく、すべての驚きを一瞬のうちに上書をしたというような感想が多かったのですが、基本は自分の目で見たものしか信じない主義なので、言葉半分くらいで考えていました。しかし、結果はこのような口コミは正しく、今後これ以上の圧巻と言うべき観光地には巡り合えないのではないかと思うほどでした。

なお、このペトラ遺跡については旅行前に通り雨による鉄砲水で道を土砂が流れたとニュースで見られた方もいらっしゃると思います。そのあと数か月後に旅行したのですが、若干の体積した土は見られるものの、そのような水害の痕跡は旅行中まったく感じられませんでした。

なお、気温に関しては冬のペトラはどれくらい寒いか心配でしたが、寒いというよりユニクロのウルトラライトダウンで十分に暖かいを越して暑いと感じるレベルでした。

朝の食事はいつものごとくホテルのビュッフェをたらふく食べました。幸いなことに昨晩のディナーと用意している料理は若干違いがありました。食事後、ホテルの受付でキーを渡すと同時にペトラ遺跡の夜のライトアップショウのチケットを予約しました。

これは昨日チェックイン時に、朝に予約をしていれば、入口でチケットを買うより安く、雨天などで中止の時は返金が受けられると説明を受けていました。チケットの受け取りは夜ホテル出発前に受付で受け取れます。

キャンドルホテルから遺跡までは歩いて10分ほどです。入口の手荷物検査前には、様々な観光地でおなじみのI LOVE PETRAのロゴがあり、そこで皆さん写真を撮っていました。

観光時間は夏と冬とで異なっており、冬は午前6時から午後4時まで、夏は午前6時から午後6時までのようです。入場料も世界一高いと言われ1日券は50JDでおよそ8000円くらいです。夜のライトアップショーと併せても軽く1万円は超えます。なお、入場労は+2JD支払うことで、クレジットカードでも支払うことができます。JCBでも決済できましたので、クレジットカード決済で困ることはないと思われます。

入口から少し進んだだけで、街並みは一瞬で消えあるのは荒野だけです。これだけですでに映画のインディージョーンズ感が増してきました。子供の頃、ハリソンフォードが出ているこの映画を見てから、最近まで舞台となったこのペトラ遺跡は架空の場所だと思っていました。まさかあのような場所が現実にあるとは、本当に驚きです。

道なりに進むと最初の巨大な建造物であるオベリスクの墓です。エジプトの影響を受けた建造物だそうです。写真では比較できるサイズのものはありませんので、サイズ感はぱっと見わかりづらいかもしれませんが、15メートルくらい離れた場所から10mmレンズ(APSC)で撮って下のようなものです。かなりの大きさです。

そして神殿へと続く1.2キロのシークとよばれる道をあるきます。こちらは人のサイズ感からどれぐらい高い岩の間を歩いているか感じとるこができると思います。あまりにでかすぎてこのようなところを歩くことの恐怖は感じません。岩が風雨によって削られた、グラディエーションが美しく、そして時折上を見上げるとはるか頭上に青い空と白い雲が広がっています。今までどの観光地でも経験したことがない場所にいることを、一歩一歩前に進むごとに感じることができます。それがペトラ遺跡なのでしょうか。

このシークの道のりはさすがに長く、1.2キロの間同じような高さの岩の間をずっと歩くことになります。あまりに景色が同じなため途中で飽きてくるというのが正直なところです。歩きながらふと我に帰ると、そういえば鉄砲水がここを流れている映像を見たなと思いだしました。こんな逃げ場のないところに水が一気に押し寄せてきたらさすがに困るだろうと若干不安がよぎりました。これから先の探索のためゆっくりと歩きながら体力を温存し、このようなことを考えていました。

なお、途中にはところどころお墓があり、写真スポットとなっていました。その都度ほかの人が写真を撮り終わるのを待って、写真を撮って進むことの繰り返しです。

そして1.2キロを歩いた先には少しずつエル・ハズネが見えてきます。この長い感動的で単調な場所の先にペトラ遺跡を代表する建造物がありました。無駄に長い道のりゆえにより、エル・ハズネの感動が大きくなった感じです。

そしてシークを完全に抜け切るとあまりに素晴らしく壮大な神殿が寂しく構えています。一部は風化しその紋様はぼやけていますがそれでもこれまで素晴らしい遺跡は他に見たことがありません。そしてやはり注目してほしいのはそのでかさです。奥側には神殿の足もとで上を見上げる人がいますが、その様子からサイズを感じることができると思います。

ここでは何度も構図を考えながら写真をとりました。たくさんの人が先頭でベストショットを狙いますのでもはや人込みを気にしていると写真は撮れなくなります。ラクダには有料で乗ることができ、それを生業としている人から折角ペトラまで来たのだからラクダに乗って行けよ。いい写真になるから一生の思い出になるぞと誘いが来ます。たくさんの観光客がいるため、断れば次の観光客へ声を掛けに行きます。客はいくらでもいるみたいで諦めは早そうです。次から次へとラクダに乗って、エル・ハズネをバックにヨルダンの国旗を掲げて写真を撮ってもらっていました。それはそれで良い写真にはなるのですが、僕はあまり興味がそそられませんでした。エル・ハズネを右手に進んだとことに次のお墓が連なるファザード通りがあります。

入口みたいな一つ一つがお墓でしょうか。側にたくさんのロバ(ドンキー)がいました。ここでは、ロバに乗って観光できるようで、ロバに乗った人から、奥までタクシーに乗るかいって声を掛けられます。

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このファザード通りの正面には上へ登っていくルートがあり、少しだけ登ってみました。ペトラがどのような場所かよくわかる写真だと思います。ここからはひらけた場所が続き、岩の間を歩くような圧迫感はないのですが、やはり写真のような感じで大きい岩に囲まれたところを歩いて行くことになります。
ここからは移動の自由度がぐんとあがり、計画的に観光をしないとタイムアウトになります。僕はもうエル・ハズネを見たことから、十分満足したので、これ以上は無理をせず、現在観光できる場所をしぼり、奥の方にあるエド・ディルを最終目的にし、そこを目指してゆっくりあるいていきました。

道中にローマ円形劇場がありました。こちらはすでにジュラシュで素晴らしい同様のものを見たので、ふーん程度にしか感じませんでした。保存状態は悪く柵で囲まれているため、近づくことはできません。一方ジュラシュのローマ円形劇場は、歩くことができ保存状態もかなり良いです。良すぎで復元したのではないかと今では思うくらいです。

更に進むと王家の墓と呼ばれる場所があり、多くの神殿風の建築物があります。そこへ行く途中は、写真のように売店があり、あまり他の国で見ないようなヨルダン特有の金属細工のお土産が多数売ってありました。

王家の墓は神殿?は上記写真のように、遠目からでも内部に入ることができるのがわかります。それなら入ってみようというのが冒険心です。レンガでできた眼鏡橋のようなところの階段を上がるとそこにはロバがいました。

年を重ねた白いロバはここで多くの観光客を見守ってきたのでしょうか。王家の墓を守るロバそんな言葉が似あう貫禄です。道がロバのいる先にはない事から引き返し、別の道から墓の入口にたどり着きました。

こちらも近くで見ると相当な大きさです。なお、墓の内部はあまり見ごたえがありません。細かな装飾や絵等あるのかと思っていましたが、基本質素な正方形の部屋があるだけです。これは古来のヨルダンの人の文化なのでしょうか。ただ、このような岩を加工しこれだけの部屋を作れたなーとは思います。天井には、絵だったのかもしれませんが、おそらく岩そのものの線上の模様が綺麗に波打っていました。

今度は王の墓の正面の方へ向かいました。1キロくらい先に遺跡が見えます。そこへ向かうちょうど中間地点で休憩所があり、そこから再度来た道を振り返り王の墓の写真を撮りました。

その少し先には昔はここに神殿があったと説明書きの看板と透明なガラスに当時の神殿の様子を描いたものがありました。角度を合わせて写真を撮ると下のようになります。

さらに進むと左手に廃墟と化した神殿があり奥まで登ってみました。写真の真ん中から少し左側に円柱が崩れた残骸が残っているのが写っています。この円柱はとてもでかく、おそらく大人3人が手をつないで円を作ったくらいの太さがあるのではなかと思います。そのような円柱が崩れ去った跡が見事に残っており、残骸から当時の神殿の大きさが改めて推測できます。

この神殿のすぐ側にはカスル・アル・ビントという神殿があります。こちらも廃墟と化していますが、まだ壁は高くそびえ今にも崩れさりそうでもあります。そのためか、こちらは柵があり立ち入り禁止となっていますので、写真をぱっと撮り先に進みます。

ここでようやくエド・ディルとの中間地点にたどり着きました。ここではトイレやレストランなどがあり休憩をとることができます。トイレに限っては男女ともに長い行列ができていました。その行列に耐えかねて男性用の個室トイレを使用する女性もちらほら見受けられました。

ペトラ遺跡の旅行記はボリュームが多く、後半は次の記事で紹介させていただきます。それでは^^

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