日常の感動⑦ 驚異的な効果があった大学の英語授業

僕はたくさんの英語の勉強方法を試してきました。今では英語を使うことに対して、苦手意識はないですか、学生時代には一番の苦手科目が英語でした。そのような僕が経験したこと、半ば強制的なスパルタの英語指導について紹介したいと思います。大変な苦痛を伴いましたが、短期間のうちに大幅に、文法、読解力が高まりました。時間のない人のために、何をしたか、端的に説明すると英語書籍の暗記です。

さて、この勉強方法をするきっかけになったのが大学のゼミです。所属するゼミには定員があるため、評価が甘い教授のもとには多くの生徒が手をあげる一方で評価が厳しい教授のもとには生徒が集まりません。このゼミを決める際に、実は激しい押し付けあいが起きてしまいました。

すでにいろいろな授業で席を近くにしていることから、生徒同士顔なじみのですが、だれもが楽に単位を取りたいことから、評価が甘い教授のもとに多くの生徒が集まりました。誰かがとても厳しい教授のもとに行かなければなりません。これは今までの成績順ではなく、生徒同士が話し合いで決めることになります。

ここで優位に立つのは声が大きく、他人のことをまったく考えない人でした。お前はあそこに行けよなどと強く言われると、人に逆らえない人はなかなか自分の希望通りのゼミに入ることはできません。僕の友人ははやばやと早々と争いから離脱し、厳しいゼミへの配属が決まりました。

僕はこの争いに最後まで残っていました。この教授は評価が甘いだけではなく、ゼミ内容もとても魅力的なものでした。そのためどうしてもこの教授のもとで勉強したいと思っていました。

一人があきらめれば、生徒全員のゼミの所属が決まるところまで来ていました。もうずいぶん昔のことでどれだけ話し合ったか覚えていませんが相当長く話し合いました。すでにみんなはいらいらしていました。ここであきらめれば、地獄のレッスンがまっているからです。僕とは別の友人グループに所属していた人たちでさえ、仲間同士で言い争いを始めました。あれだけ今まで仲良く過ごしてきたのに、自分のもとへ苦境がさし迫っていると、手のひらを返したように、大きく揉めています。

とても見るに堪えない光景です。友情とは、かくももろいものなのか、人生で初めて自分のために友人をこけ落とす瞬間を見ました。10年以上たった今でも忘れられない衝撃的な出来事となりました。

この状況を見ていた僕は、これ以上見たくないと思いこの教授のゼミをあきらめ、最も厳しいと言われる教授のゼミに所属することになりました。

この教授の通常の講義で、レポートの提出が毎週あったのですが、僕のレポートの評価は、“小学生並”とか“首から上は飾りか”とかる“単位はいらないの?”という衝撃的なコメントのオンパレードでした。たまに、何もコメントがないこともあるのですが、それさえも恐怖を感じていました。何人かの生徒は、レポートの再提出を何度も求められ、教授室で男女関係なく怒鳴られ、泣く姿は恒例となりました。

さて、ゼミに所属して最初の課題が、所属している生徒全員で英文の書籍の暗唱です。毎週、教授と他の生徒の前で覚えてきた400-600字程度の専門テキストを暗唱するのです。そしてすべてを読み終った後に、1文ずつ主語、動詞、名詞、形容詞、副詞、接続詞など意識して、この品詞が崩れないように忠実に日本語に訳してきます。これを毎週繰り返すのです。教授の出張の関係で、1週間ゼミが飛べば、ノルマは 2倍になります。

この暗唱ができなければ、どうなるかというと単位がもらえません。いたって簡単ルールです。はじめの暗唱は頭の中で途中で文字が消えて読むことができませんでした。このままでは教授に怒鳴られるという強い焦りが襲って来ました。60秒の沈黙がつづいた後、教授は 激怒し、今回担当したパートを 100回ノートに書いて来週もってこい、さもないと評価が著しく悪くなると僕は警告を受けました。

さて、こんなことを毎週繰り返し来るとさすがに英語も慣れてきます。ある暗唱とき、ある単語を別の品詞の形として読んでしまいました。最後まで暗唱した満足感とは別に、教授は満点の笑顔を浮かべ、その点を指摘してきました。そして、今回担当したパートを 100回ノートに書いて来週もってくるように指示がありました。そして、これで 2回目だと注意を受けました。次に間違えるとゼミに参加しても単位はあげることができないので、しっかりとその点を認識し改めてほしいと優しくみんなの前で言われました。

想像以上の厳しさです。来週分のノルマに加えて、手書きの課題が発生しました。大学では当然この教授のゼミ以外の課題もあります。すさまじい状況でした。今考えるとよく 1年間耐えることができたと、ほんとうに思います。

これも、同じゼミの仲間が教授が帰った後に、互いにそれぞれの暗唱パートを聞いて、教授の前では完ぺきな暗唱をするように協力し合った、そして助けてもらったから、成しえたものだと思います。

当時、自分では気づいていなかったのですが、実はる大きく英語力が上昇していました。この学習方法はスパルタ以外に何物でもないのですが、このゼミの受講後、読めないような難しい専門的な書物はほとんどなくなりました。

英語の勉強は人それぞれのやり方があるともいます。もし、その勉強方法でつまずいた時は、テキストや書籍の丸暗記という方法も有効かもしれません。初めは無理だと思っていたこの暗唱も毎週を続けていれば、暗記の苦しみから徐々に解放されてきます。次の週になれば、前週のことなどでほとんど忘れています。それでも、英語の文の作りがなどは、何となくこんな感じかなと染み付いてきます。

そしていつの間にか英語の苦手意識もなくなっており、社会人となった今はその英語を使って仕事もしています。今となればその教授の厳しい指導に感謝します。じつに不思議なことです。人生において、何が良い悪いかはすぐにはわからず、ずいぶん長い年月が経ってからわかるものかも知れません。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする